特別な展開がある物語ではない。アイオワ州の片田舎でくすぶっている青年と家族の話。ただそれだけなのだが。
映画の題名の『ギルバート・グレイプ』はジョニー・デップ演じる青年の名前。
母は父親が自殺してからは、居間から一歩も動かずに暮らしていて、今では体重200キロもある。ギルバートも母親のことを丘に上がった〈鯨〉と表現している。しかし、知的障害を持った弟がどんな事(高いところが好きで、町のガスタンクに登っては警察のお世話になっている)をしても決して怒らない気持ちの優しい青年で家族の生活を支えている。
そこに現れたトレーラーハウスカーで旅する女の子ベッキー(ジュリエット・ルイス)。少しガリガリの知的で行動的な雰囲気がいい。
いつの時代のアメリカなのだろうか。いつの時代でも家族のために自分を犠牲にする心優しい青年はいるのだろう。
最後に近い場面、居間から一歩も動かずに暮らしていてた母親が、知的障害を持つギルバートの弟の18才の誕生日祝いの翌日、二階にある自分のベッドにまで行き寝て、そのまま帰らぬ人となってしまう。
それには、今まで家族の生活のためにこの家から離れられなかったギルバートが彼女を紹介したという伏線があり、200キロもある母親の死体処理に家ごと燃やしてしまうという象徴的な決別が必要だったという事でもある。
そういう意味では、家族とは何か、その中の個々の人間の自律とは何かを問うていたともとれる。
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