小川洋子と河合隼雄と萩原真一郎

昨日のNHKクローズアップ現代+という番組で萩原真一郎という青年歌人の歌を紹介していました。
32歳で亡くなったのですが自死です。

中学・高校時代といじめに遭い、高校卒業はひと前に出ることができなくなり、精神科に通いながら通信制の大学を卒業しました。

その後、引きこもりの人たちに対する就労支援グループの助けを借りながら、27歳ではじめて仕事に就きます。

27歳で初めての仕事ですから、非正規雇用であり、またその仕事も簡単な作業の繰り返しになります。

シュレッダーのごみ捨てにゆく シュレッダーのごみは誰かが捨てねばならず

夜明けとは僕にとっては残酷だ 朝になったら下っ端だから

頭を下げて頭をさげて牛丼を 食べて頭を下げて暮れゆく

消しゴムが丸くなるごと苦労して きっと優しくなってゆくのだ

高校時代から佐賀新聞などへ短歌の投稿を始め、亡くなるまでに数多くの賞を受賞しています。

NHKでは<非正規歌人>などと呼んでいます。

自分の立ち位置を自分の短歌の出発点だとするならば、萩原真一郎にとってはいじめられている自分であり、そのことによって非正規の仕事しか就くことができない自分があるのは事実です。
でもと考えます。
彼はそのことを出発点としながらも表現者としては唯一無二の歌人として屹立しようとしています。

その番組を見ながら、日中読んだ本のことを思い浮べました。

『生きるとは、自分の物語をつくること』小川洋子、河合隼雄の対話集です。

小川洋子さんは、FMラジオで日曜日の朝10時から本の紹介をしています。映画にもなった「博士が愛した数式」を書いています。

河合隼雄さんはユング心理学の日本での先駆者です。

河合氏は、患者と治療者である自分の立場をこう書いています。
>私は、「物語」ということをとても大事にしています。来られた人が自分の物語を発見し、自分の物語を生きていけるような「場」を提供している。という気持ちがものすごく強いです。

どのような民族も種族も、自分達の説話・伝承話を持っています。ある場合にはそれは神話ともいわれます。
それは自分達がそこで生き続けるためには必要な作業なのだと思います。

そして、それは個人でも同じなんだろうと思うのです。

自死した歌人である萩原真太郎は、非正規でしか働けない自分の状態を家族に嘆いたりしています。それは自分の思い描いていたあるべき自分の像との乖離に苦しんでいる姿です。

彼は自分の物語を描こうとしながら、思い描こうとしている物語としては何か欠けている自分の姿を処理できないでいたのでしょうか。

本の題名がいいですね。

<生きるとは、自分の物語をつくること>

これは内山節氏が「いのち」について語った内容と繋がるのではないでしょうか。

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